いま一つは、企業が社会の変化に対応していくには、従業員のスキル・ベースも変えなくてはならず、その努力を従業員は怠るな、というものだ。
要するに、わが社に残るにせよ、リストラされて新たな就職先を探すにせよ、たえず労働者は「雇用され得る能力」を磨いて、技術等の変化にそなえなさい、という虫のいい注文なのだ。 専門学校に通うなど、基本的に労働者の「自助努力」でやれ、というのだから、やはり虫のいい話といわ出」が大切だといっている。
これは一体どういうことか。 「報告」は、「一雇用の確保は、政労使にとって最重要の課題である。
雇用の維持・創出は基本的に企業経営者の責務」であるとまで述べている。 中長期の課題としては、「多様な労働力の活用にとどまらず、多様な雇用の組み合わせから新たな活力を引き出す「多様性の人材マネージメント」が求められる」として「報告」は、「特に、労働力人口減少の克服という観点からは、高年齢者、・女性の活用、あるいは外国人の活用が重要である」としている。
中長期的には、少子・高齢化が進行し、高年齢者などを活用しないと「2050年の生産年齢人口は70%」に落ち込むと警鐘を鳴らしている。 生産力が上昇すること、主婦の労働力化がすすむことなどを考えれば、「報告」のいうような労働力不足は考えにくいのだが、日経連の真のねらいは、そのような宣伝をすることで高年齢者、女性などの低賃金での利用を広げよう、ということだろう。

敵は本能寺の感が強い論法なのだ。 同じ趣旨から「報告」は、外国人労働力の利用の必要を強調し、「わが国の将来を日本人だけで維持できるかが危倶されるし、外国人を積極的に活用することによって、わが国の産業・社会の活力が一層増す」とも述べている。
さらに「報告」は、新たな問題提起として、「従来はなかったような働き方、たとえば「雇用期間の定めは正社員と同様にないが、毎日午前中だけとか、週3日だけ働くとか、「在宅勤務で自由な時間に働き、仕事の指示や進行管理はネットワークで行う」、あるいは「在宅勤務を基本に、働く時間の自由度を高めるために数人のグループで仕事量を調整しながら働く」など、さまざまな働き方を、働く人と企業の実情・ニーズに応じて検討していく必要がある」としている。 「人件費負担の適正化と従業員の生産性に見合った処遇を」、「年功でなく成果を重視した人事制度へ・昇給制度の見直しも」、「経済のグローバル化と連結経営に対応した人事制度の運用を」、「エンプ要するに、「報告」のいう「雇用の安定」とか「雇用の維持・創出」というのは、第一にさまざまなタイプの不安定雇用を増やし、それらのもっとも効率的で安価な組み合わせによる「雇用ポートフォリオ」を追求すべしということで、第2に、これとの関連で労働力の流動化を促進し、雇用のミス・マッチを解消し、第3に、後述のように人事・労務管理制度を低コストで刺激的なものに変えるべきだ、というものである。
そのための条件整備として、この分野の規制緩和を政府はもっと思い切ってやれ、と注文しているのだ。 これでは「雇用の安定」・「雇用の維持・創出」という美名のもとに、ほとんどの労働者を低労働条件で、先の見通しのたたない不安定な雇用に追い込むことになる。
これにより失業率は低下するかもしれないが、「雇用の内実」は惨憎たるもので、労働者を総貧困に陥れるものといわざるをえない。 このようなことでは、技能の継承はなされず、作業ミスも多発し、労働者の働くよろこびをも奪うことにもなるだろう。
経営者たちはいずれ爆発必至のたいへんな矛盾を溜め込むことになる。 ロイヤビリティの向上をめざす人材育成を」この4点である。
なぜこれらの諸点が強調されるのか、その理由を「報告」は、こう述べている。 「企業の国際競争力の維持過強化のためには、賃金・人事・雇用制度の改革が必要である。
経営の根幹は人であり、雇用の安定こそ労使の究極の目標であるが、それには企業の人件費コスト負担の適正化と従業員個々人の生産性に見合った処遇が徹底されなければならない」。 右のような記述をみれば、この01年版報告を論じはじめたところで紹介した日経連の構造改革委員会の中間報告「国際競争に勝てる日本企業の経営革新」(第3点「雇用・人事制度改革」)が想起される。

その具体化といえるだろう。 このように日経連は、賃金・人事制度の「抜本改革」に異常なまでの「情熱」で取り組んでいる。
その軸になっているのが、「成果主義」だ。 01年版「報告」の特徴も、一言でいえば、「成果主義」の導入・徹底の必要を、全体のベースとして強調している点にある、といえる。
そこで、「報告」の「成果主義賃金・人事制度の徹底を」という部分をみよう。 まず、「個々人の生産性に即した処遇を徹底するためには、各自の成果にもとづく賃金・人事制度の構築が運営が必要である」というわけだ。
「個々人の生産性に即した処遇」など技術的にも不可能に近いにもかかわらず、これの具体化だとして、つぎのようにしるしている。 つまり、「具体的には、賃金は年齢・勤続を要素とする年功的部分を極力縮小し、担当職務・業務における遂行の結果にもとづいて賃金が決められる体系が望ましい。
昇給制度についても、年功的要素でなく遂行結果に裏打ちされた習熟昇給を基本とし、一定資格(管理職・専門職など)以上の昇給は業績評価による運用をめざすべきである」というのだ。 「賞与・一時金」についても「業績・成果の評価によって行われるべきである」と述べている。
また、「退職金制度についても、年功より業績・成果の評価を反映する制度への改革が重要である」としている。 このように01年版「報告」では、人事賃金制度の「成果主義」への「改革」が中心におかれており、ここが00年の「報告」とあきらかに異なる。
00年の「報告」でも、「年功的な人事・賃金制度からの脱却を徹底すべきである」と強調しており、ここはもちろん01年の「報告」とも共通しているが、「年功的な人事・賃金制度から脱却」してどこへゆくかという点で、2つの「報告」のあいだには違いがある。 00年の「報告」にも「企業業績への貢献度に応じた賃金・賞与などの処遇が必要である」という言い回しはあったが、基本は「すべての従業員に対し、企業への貢献度に応じてメリハリをつけた処遇を行わないと従業員の活力を殺いでしまう」という主張であって、まだ職能給・職能資格制度が年功的な人事賃金制度にとってかわるべきものとされていたのである。
もっとも、同じ日経連の「春季労使交渉の手引き」などでは、90年代の後半から「成果主義」に主張の軸足を移していたのだから、「報告」の主張とのあいだにズレがある。 それはともかく、01年版「報告」が業績・成果の評価の仕方についてどう述べているのかをみよう。
つぎのとおりである。 「企業の経営目標に即した個々人の目標の達成度を評価するモノサシを設け、その評価に処遇を結びつける目標管理の手法が望まれる。
目標達成度を評価する過程で、従業員との面接などを行えば、評価に対する納得性を高めることになる」。 これはけっして新鮮な指摘ではなく、言い古された「目標管理の手法」でいくべし、というにとどまっている。
しかし、そのねらいは明白だ。

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